Qualia Journal
認知バイアス
1960年、ロンドンの心理学者が「2-4-6」という数列で暴いたもの。それは、人が正しさを求めるふりをして、自分を守っているという事実だった。
ピーター・ウェイソンが「2-4-6課題」で
確証バイアスを初めて実験的に実証
同年の世界:ケネディが僅差で米大統領に当選。セオドア・メイマンが史上初のレーザーを実証。ヒッチコック『サイコ』公開。
検索結果を見ているとき、あなたは自分がクリックするリンクをどう選んでいるか、意識したことがあるだろうか。自分の考えに合いそうな見出しが目に飛び込み、そうでないものは視界をすり抜けていく。気づかないうちに、画面の中は「自分がすでに知っていること」で埋まっている。
これは怠惰の話ではない。友人と議論するとき、ニュースを読むとき、買い物のレビューを比べるとき——あらゆる場面で、同じことが起きている。情報があふれる時代ほど、私たちは「選んでいる」つもりで「選ばされている」。
この傾向には名前がある。そして、それが初めて実験室で数字になった日がある。
この記事では、自分の判断がどれほど「事前に決まっていたか」を追体験とクイズを通じて体感する。知識ではなく、感覚として気づくことに意味がある。
ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの小さな実験室で、ピーター・ウェイソンは29人の学生を相手に、一見するとただの数当てゲームに見える実験を始めた。机の上には紙とペンだけ。ウェイソンは「2, 4, 6」という三つの数字を見せ、こう言った。——この数列はある規則に従っている。規則を当ててほしい。
ピーター・ウェイソン
Peter Cathcart Wason, 1924–2003
イギリスの認知心理学者。推論の心理学を切り拓いた人物。「2-4-6課題」や「4枚カード問題」など、人間の論理的誤りを示す実験を数多く考案。実験中に被験者の感情を記録するという独特の手法でも知られる。
学生たちは自由に三つ組の数字を提案でき、ウェイソンはそのたびに「合っている」か「合っていない」かだけを答えた。好きなだけ試してよい。答えが分かったと思った時点で、規則を宣言する。
ほとんどの学生は最初に同じ仮説を立てた。「2ずつ増える偶数の列」。そして4, 6, 8を試す。合っている。10, 12, 14。合っている。確信を深めた彼らは、胸を張って宣言する。「偶数が2ずつ増える列だ」と。
違った。
ウェイソンが用意していた規則は、ただの「昇順の数列」だった。1, 2, 3でも、5, 100, 999でも、小さい数から大きい数へ並んでいれば何でもよかった。29人中、最初の宣言で正解にたどり着いたのは6人。残りの23人は、自分の仮説を一度も否定しようとしなかった。文系・理系を問わず結果に差はなかった。「頭がいい人なら気づく」という話ではない。推論の構造そのものに関わる問題だ。
あなたの検索結果画面
5件の検索結果のうち、クリックするのは自分の意見を支持する2件だけ
ウェイソンはこの傾向に確証バイアス(confirmation bias)と名づけた。自分がすでに信じていることを裏づける情報ばかりを探し、覆すかもしれない情報を無視する——人間の推論に深く埋め込まれた癖だ。
"The human understanding when it has once adopted an opinion draws all things else to support and agree with it."
人間の知性は、いったんある意見を受け入れると、それを支持し同意するようにすべてを引き寄せる。
— Francis Bacon, Novum Organum (1620), Aphorism 46
ウェイソンの400年前に、フランシス・ベーコンFrancis Bacon(1561–1626)
イギリスの哲学者・政治家。科学的方法の基礎を築いた。著書『ノヴム・オルガヌム』で人間の思考を歪める「四つのイドラ」を論じた。はすでにこの傾向を見抜いていた。17世紀の洞察は、20世紀の実験室で数字として裏づけられた。
✗ よくある誤解
確証バイアスは「頭の悪い人」に起きる
✓ 実際は
知能とは独立して起きる。科学者や裁判官にも観察される推論構造の問題
✗ よくある誤解
「都合のいい情報だけ見る」怠惰の問題
✓ 実際は
「肯定的テスト戦略」という効率的な情報処理であり、多くの場面で合理的に機能する
✗ よくある誤解
自覚すれば防げる
✓ 実際は
訓練を受けた被験者でも効果は限定的。「知っている」と「避けられる」は別の話
1620
ベーコン『ノヴム・オルガヌム』
先入観への傾向を「四つのイドラ」として体系化。確証バイアスの概念的な祖先。
1960
ウェイソン「2-4-6課題」
初の実験的実証。仮説を確認する方向にのみ動く傾向を数値で示した。
1966
ウェイソン選択課題(4枚カード問題)
正答率10%以下。確証バイアスが形式的推論にも及ぶことを示した。
1987
クレイマン&ハ「肯定的テスト戦略」
ウェイソンの解釈に異議。確証的振る舞いは多くの状況で有効な戦略だと主張。
1998
ニッカーソンの総説論文
45ページにわたり網羅的にレビュー。「人間の推論で最も注目に値する問題的側面」と評した。
確証バイアスは説明を聞くだけでは実感しにくい。正解を当てることが目的ではない。自分がなぜその選択肢を選んだのか——その理由のほうに核心がある。
この体験をした後、あなたはどう感じますか?
これは優劣の話ではない。どの選択肢を選んでも、そこにバイアスの入り口がある——それを感覚として知ったことが、三つのクイズの意味だ。
私たちは「答えを探している」のではない。すでに持っている答えの裏づけを探している。
— 確証バイアスの構造に関する本記事の要約
確証バイアスは単一の現象ではない。レイモンド・ニッカーソンRaymond S. Nickerson
タフツ大学の心理学者。1998年に確証バイアスの包括的な総説を発表。が1998年の総説で整理したように、少なくとも三つのメカニズムが絡み合っている。
確証バイアスが作動する三つの層
仮説を支持する情報を優先的に探し、反する情報を探さない。ウェイソンの実験で観察されたのはこの層だ。
日常での例:家電を買うとき、候補を決めた後で「良いレビュー」だけ読む。低評価は「ハズレを引いた人」と処理。
同じ情報を受け取っても、既存の信念に合うように解釈する。ロード、ロス、レッパーLord, Ross, & Lepper(1979)
スタンフォード大学。死刑制度の賛成派と反対派に同じデータを読ませ、両者がそれぞれ「自分を支持するデータだ」と解釈した。の1979年の研究では、同じデータを読んだ賛成派と反対派が、ともに「自分の立場を支持するもの」として解釈した。
同じ事実が、正反対の結論を補強する。「データを集めれば正しい方向に近づく」という期待自体が幻想かもしれない。
信念に合致する過去の経験を優先的に思い出す。支持する情報のほうが記憶に定着しやすい。
日常での例:「雨の日に限って傘を忘れる」——傘を持っていた雨の日は思い出さない。記憶が信念を育て、信念がまた記憶を選ぶ。
三つの層はそれぞれ独立に作動しながら互いを強化する。探す段階で偏り、解釈で偏り、記憶でさらに偏る。信念は「検証された」ように見えるまま生き残る。
死刑賛成派
「抑止効果はある」と信じている
死刑反対派
「抑止効果はない」と信じている
あなたの過去1か月の出来事
「思い出す」のは、信じたいことだけ
実際は10件中3件しか当たっていないのに、「よく当たる」と感じる
確証バイアスについて最も厄介な点は、それが意図的な怠惰ではないということだ。
1987年、クレイマンとハKlayman & Ha(1987)
ウェイソンの実験で見られた行動は「肯定的テスト戦略」であり、多くの場面では合理的に機能すると主張。はウェイソンの解釈に正面から反論した。確証バイアスは「脳のバグ」というより、ふだんは合理的な省エネ戦略が特定の状況で裏目に出たものだと。
いや——それで安心するのは早い。
省エネ戦略として合理的であることと、重要な判断を歪めることは矛盾しない。医師が仮説に固執して誤診する。捜査官が初期の容疑者に合う証拠ばかりを集める。SNSで同じ意見のアカウントだけをフォローし、世界が自分の思うとおりに見える場所に閉じこもる。
"If one were to attempt to identify a single problematic aspect of human reasoning that deserves attention above all others, the confirmation bias would have to be among the candidates for consideration."
人間の推論で最も注目に値する問題をひとつ挙げるなら、確証バイアスは最有力候補に入るだろう。
— Raymond S. Nickerson (1998), p. 175
ウェイソンの実験では、反証主義反証主義(Falsificationism)
カール・ポパーが提唱。仮説は反証を探すことで検証されるべきだとする科学哲学。的なアプローチを教えた上で再実験しても、結果はほぼ変わらなかった。知識は行動を変えなかった。
これは恐ろしい話だと思う。いや、恐ろしいというのは正確ではない。どこか——妙に納得してしまう。それが一番怖い。
完全に防ぐ方法はない。ないが、構造で補う方法はある。プレモーテムプレモーテム(Pre-mortem)
ゲイリー・クラインが提唱。「大失敗の原因は何か」を事前に想像する手法。——何かを決める前に失敗の原因を先に想像する。悪魔の代弁者悪魔の代弁者(Devil's Advocate)
意図的に反対意見を述べる役割を置く手法。カトリック教会の列聖審査に由来。——意図的に反対意見を言う役割を設ける。判断の基準を事前に決めておく。万能ではない。どれも発動しにくい状況を設計するにすぎない。だが環境を変えるしかないのなら、それは謙虚さの別名だ。
このループは自動的に回り続ける——一度も「反証」が入らないまま、確信だけが育つ
『十二人の怒れる男』(1957)
11人が「有罪」に傾く中、8番陪審員だけが「もう一度話し合おう」と言う。他の陪審員は被告の生い立ちから有罪と決めつけ、矛盾する証拠を無視していた。密室の議論だけで描いた古典。
『ゾディアック』(2007)
フィンチャー監督。捜査官もジャーナリストも「容疑者像」に固執し、曖昧な証拠を自分の仮説に合うよう読み替える。犯人は特定されないまま映画は終わる。
『ファスト&スロー』カーネマン(2011)
確証バイアスを「システム1(直感的思考)」の産物として位置づけた。認知バイアス研究を一般読者に届けた累計数百万部のベストセラー。
On the failure to eliminate hypotheses in a conceptual task
確証バイアスを実験的に示した最初の論文。被験者がどんな数列を試し、どんな規則を宣言したかまで読める。有料だがDOIから抄録は確認可能。
Confirmation Bias: A Ubiquitous Phenomenon in Many Guises
確証バイアス研究の決定的な総説。ひとつの論文で理解するならまずこれ。大学図書館経由でアクセスできることが多い。
Confirmation, Disconfirmation, and Information in Hypothesis Testing
「肯定的テスト戦略」の概念を提示。ウェイソンだけ読んで「人間は非合理」と結論づける前に知っておくと見え方が変わる。
Biased Assimilation and Attitude Polarization
同じデータが賛成派・反対派双方の態度を強化した。「情報を与えれば収束する」という期待を打ち砕く不穏な結果が記録されている。