キーワードを入力してください。

Qualia Journal

Thought Experiment / Ethics

レバーを引くか、それとも突き落とすか。

5人を救うために1人を犠牲にする — 同じ結果なのに、なぜ判断が変わる。哲学が50年戦ってきた問いを、自動運転車が現実の設計課題として突きつけている。

Est. 1967

フィリッパ・フットが論文「中絶問題と二重結果原則」で原型を提示。本来は中絶の倫理を論じる題材だった。

同年、英国では中絶法(Abortion Act)が成立。ビートルズ『Sgt. Pepper's』発売、第三次中東戦争、米国でベトナム反戦デモ拡大。

思考実験の代名詞。聞いたことのない人の方が、もしかすると少ない。

通勤電車で、シートが譲られる瞬間を見たことがあるだろう。年配の人が立っている。自分は疲れている。視線が交差する一瞬だけ、頭の中で計算が走る — 自分の疲労と、相手の必要。どちらを優先すべきか、と。

私たちは毎日、この小さな天秤を何度も傾けている。多くの場合、決めきれないまま、気まずさで終わる。

思考実験の中で、おそらく一番耳にしたことがあるのがこの問いだ。5人を救うためにレバーを引くか — 誰もが一度は考え、そして誰もが、自分がどこで躊躇ったかを覚えている。

難易度
中上級 — 予備知識は不要
読了時間 約 14 分
Published 2026-04-18
Updated 2026-05-02
要点

同じ「5人のために1人を犠牲にする」でも、人の判断は手段に触れたかどうかで劇的に変わる。4段階の場面であなたの線引きをたどり、MITMITマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)。米国マサチューセッツ州ケンブリッジにある工学・科学・経済の名門大学。トロッコ問題を自動運転車の倫理に拡張した「Moral Machine」プラットフォームは、2016年にMIT Media Lab の Iyad Rahwan らのチームが公開した。モラル・マシンが集めた世界4,000万票と照らし合わせる。

背景

暴走するトロッコ、そして手元のレバー

1967年、イギリスの哲学者フィリッパ・フットが小さな論文を書いた。本当に論じたかったのは中絶の倫理だった。ところが、その議論の道具として彼女が持ち出した例え話の方が、半世紀にわたって世界を走り続けることになる。話はこんな風に始まる — 暴走したトロッコが、本線の5人に突っ込もうとしている。運転手の手元には、待避線に切り替えるレバーがある。ただし、その先には1人の作業員がいる。どうする?

古典版トロッコ問題: 暴走するトロッコが分岐点に近づき、本線に5人、待避線に1人がいる レバー引けば下の待避線へ 作業員 5人本線・直進ならこちら 作業員 1人待避線・レバーを引けばこちら

古典版(1967)。レバーを引くか、引かないか。多くの人は「引く」を選ぶ。

"Suppose that a judge or magistrate is faced with rioters demanding that a culprit be found for a certain crime […] — or the driver of a runaway tram which he can only steer from one narrow track on to another; five men are working on one track and one man on the other; anyone on the track he enters is bound to be killed."

判事の前で暴徒たちが「犯人を差し出せ」と迫っているとする […] あるいは、暴走トロッコの運転手が片方の狭い線路からもう片方へしか舵を切れないとする。一方の線路では5人が作業しており、もう一方には1人。どちらに入っても、その線路にいる者は必ず死ぬ。

— Philippa Foot, The Problem of Abortion and the Doctrine of the Double Effect (Oxford Review, 1967)

ほとんどの人は、レバーを引く方に傾く。5人が死ぬよりは1人の方がまし、と計算できるからだ。ところが、ジュディス・ジャーヴィス・トムソンJudith Jarvis Thomson (1929–2020)MIT教授。道徳哲学・形而上学の大家。1976年の論文で「トロッコ問題」という呼称を初めて用い、1985年のYale Law Journal論文で歩道橋・移植医など一連の拡張版を提示した。が1976年、そして1985年の論文でもう一つの場面を提示したとき、同じ人々が一斉に黙り込んだ — あなたは歩道橋の上にいる。下をトロッコが走ってくる。隣に、大柄な男が柵にもたれている。彼を押し落とせば、その体がトロッコを止め、5人は助かる。

歩道橋版: 歩道橋の上から大柄な男を突き落として暴走トロッコを止めるか あなた 大柄な男体重がトロッコを止める 作業員 5人線路上で作業中

歩道橋版(1985・トムソン)。大柄な男を線路に突き落とせば、その体重がトロッコを止めて5人は助かる。同じ算数のはずが、直感が引っ掛かる。

算盤の上では同じだ。1人と5人を天秤にかける。それなのに、多数の人は「押す」のを拒む。自分の手で突き落とすことの方が、レバーを引くことよりも、何か根本的に違って感じられる。この違和感こそが、思考実験が掘り当てた鉱脈だった。

ここで立ち止まって、自分の手元を意識してほしい。レバーを引ける位置と、歩道橋の上で誰かの背中に手を当てている位置 — 物理的な手段手段と副次効果二重結果原則において鍵となる区別。他者の死が「目的達成のための道具」として使われる場合(手段)と、「予見はされるが意図されていない副産物」として生じる場合(副次効果)で、倫理的評価が変わるとされる。の違いが、これほど判断を揺さぶる。その事実そのものが、私たちの倫理的直感の構造を照らし出す。

フィリッパ・フット
Philippa Foot (1920–2010)

Wikipedia

オックスフォード大学ソマービル・カレッジで学び、同校のフェローとして長く教鞭をとった英国の哲学者。祖父はアメリカ大統領グロバー・クリーヴランド。徳倫理学の現代的復興の立役者として知られる。1967年のトロッコの例は「二重結果原則」— 意図した結果と予見された副次効果を区別する古いカトリック道徳神学の議論 — を再検討するための補助装置として提示したもので、彼女自身は「問題」という大仰な名で呼んだことはなかった。

ジュディス・ジャーヴィス・トムソン
Judith Jarvis Thomson (1929–2020)

Wikipedia

ニューヨーク生まれ、MITMITマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)。米国マサチューセッツ州ケンブリッジにある工学・科学・経済の名門大学。トロッコ問題を自動運転車の倫理に拡張した「Moral Machine」プラットフォームは、2016年にMIT Media Lab の Iyad Rahwan らのチームが公開した。哲学科の教授として長年活躍した米国の道徳哲学者。1971年の「中絶の擁護」論文(バイオリニストの思考実験)でも有名。フットの例を拡張し、歩道橋の大柄な男、移植医、ループの線路など、一連の変奏を設計して「なぜ我々の直感はここで割れるのか」を徹底的に追い込んだ。彼女自身は後年、「レバーを引くのも実は道徳的に許されないかもしれない」と自説を覆す論文(2008)まで書いた。筋金入りだった。

よくある誤解 / 実際は
✕ よくある誤解

トロッコ問題は「答え」がある問題。正しい倫理が決まっている。

✓ 実際は

半世紀たっても哲学者の合意はない。問題が価値を持つのは「なぜ我々の直感が揺れるか」を照らすからで、決着を付けるためではない。

✕ よくある誤解

フットが「トロッコ問題」と名付けて提起した。

✓ 実際は

フットは中絶の議論のついでに出した例。「trolley problem」の名を与えたのは1976年のトムソン。本来の主題は二重結果原則二重結果原則 (Doctrine of Double Effect)中世カトリック神学に由来する道徳原則で、13世紀のトマス・アクィナスにまで遡る。ある行為で悪い結果が生じるとき、その悪が「目的達成のために意図された手段」なのか、それとも「予見はされるが意図されていない副次効果」なのかで、道徳的な許容度が変わるとする考え方。例: 戦場の医師が瀕死の兵士に強い鎮痛剤を投与し、副作用で死期が早まるのは許される(意図は鎮痛、死は副次効果) が、安楽死目的で投与するのは許されない(死が手段)。であって、トロッコ自体ではなかった。

✕ よくある誤解

現実離れした思考実験で、実生活と関係ない。

✓ 実際は

2016年にMITMITマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)。米国マサチューセッツ州ケンブリッジにある工学・科学・経済の名門大学。トロッコ問題を自動運転車の倫理に拡張した「Moral Machine」プラットフォームは、2016年にMIT Media Lab の Iyad Rahwan らのチームが公開した。が自動運転車の判断を想定した実験プラットフォームを公開。2018年にはNature誌に世界233カ国・4,000万票のデータが載った。思考実験は現実の設計課題になった。

トロッコ問題は半世紀をかけて5つの代表的変奏に枝分かれしてきた。下の図は、それぞれの変奏で暴走するトロッコ(下の四角)5人(上の丸)の関係に、1人(赤丸)がどう介入するかを記号化したもの。同じ「1対5」のはずが、構造が変わると直感が揺れる。

トロッコ問題の5つの主要な変奏 — Switch / Fat Man / Fat Villain / Loop / Man in the Yard
① The Switch — Foot, 1967
原典。レバーを引いて待避線にいる1人に犠牲を移すか。多くは「引く」を選ぶ。
② The Fat Man — Thomson, 1976
歩道橋上の大柄な男を線路に突き落とせばトロッコは止まる。算数は同じだが、多くは「押せない」と感じる。
③ The Fat Villain — Thomson系
突き落とされる「大柄な男」が、実はトロッコを暴走させた当の張本人だった場合、判断は変わるか。多くは「押してよい」に傾く。
④ The Loop — Thomson, 1985 / Costa による分析
レバーで切り替えた待避線がループ状で本線に戻る — つまり1人の体がトロッコを止めなければ5人は助からない。レバーを引きながらも「1人を手段にしている」構造。
⑤ The Man in the Yard — Unger, 1992
線路脇の庭にいる作業員に、わざと脱線させたトロッコを突っ込ませて止める。物理的接触はないが、その人の身体を盾にしている点で「手段化」の問題が再燃する。

図: Jonas Kubilius (Wikimedia Commons, CC0) を Qualia パレットに再着色。

体験する

4段階の場面。あなたの線はどこで引かれる。

これから4つの場面を順に見てもらう。それぞれで、あなたが何を選ぶかを記録する。どこで迷ったか、どこで即答したか。4問を終えたとき、あなたの判断パターンが一つの文字列として現れる。最後に、MITMITマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)。米国マサチューセッツ州ケンブリッジにある工学・科学・経済の名門大学。トロッコ問題を自動運転車の倫理に拡張した「Moral Machine」プラットフォームは、2016年にMIT Media Lab の Iyad Rahwan らのチームが公開した。が世界中から集めた4,000万票の中であなたの判断がどの地域クラスターに近いかを照らし合わせる。

「正解」はない。これは採点ではなく、自分の倫理的地図を描くための作業だ。各問のあとに、哲学者と一般回答者の典型的な反応を示す。倫理学の主要な立場 — 功利主義功利主義 (Utilitarianism)「最大多数の最大幸福」を行為の善悪の基準とする倫理学の立場。19世紀英国のジェレミー・ベンサムが体系化、ジョン・スチュアート・ミルが継承・洗練した。トロッコ問題では「数の多いほうを救う」=功利主義的判断として現れる。帰結主義(行為の善悪を結果で測る立場)の代表的な一形態。義務論義務論 (Deontology)結果ではなく、行為そのものに従うべき道徳的義務(嘘をつかない、人を手段として扱わない、など)があるとする立場。18世紀ドイツのイマヌエル・カントが体系化したものが代表で、「人を単なる手段としてのみ扱わず、常に同時に目的として扱え」という定言命法が中心原理。功利主義と並ぶ近代倫理学の二大潮流。カント主義といった用語が出てくるが、各問の解説で都度補足する。進む前に覚悟しておいてほしいのは — 途中で自分が一貫していないと感じる場面がたぶんある、という一点だ。

Trolley Scope 4つの場面、あなたが引く線
なぜか

手段か、副次効果か — 二重結果原則が引く線

同じ「1人の死で5人を救う」でも判断が割れる現象を、哲学者たちは500年以上前から用意していた道具で説明しようとしてきた。中世カトリック神学由来の二重結果原則(Doctrine of Double Effect)だ。トマス・アクィナスThomas Aquinas (1225頃–1274)13世紀イタリアの神学者・哲学者。中世スコラ哲学の最高峰とされ、カトリック教会の正統教義を体系化した『神学大全』で知られる。正当防衛における「自分の生命を守る意図 vs 攻撃者を死なせる結果」を論じた箇所が、二重結果原則の最古の体系的源泉となった。に遡る考え方で、フットが1967年の論文で再発掘した。原則のコアはこうだ — ある行為で悪い結果が生じるとき、その悪が意図された手段なのか、それとも予見された副次効果にすぎないのかで、道徳的な許容度が変わる。

レバー版 1人の死は副次効果 予見はされる、しかし意図されない 行為者 意図 5人を救う 予見のみ 1人の死 もし1人がそこにいなければ — それでも5人救助は成立する。 1人の死は目的のための必要条件ではない。 突き落とし版 1人の死は手段そのもの 死なせることが目的の必要条件 行為者 意図 1人を死なせる 手段として 5人を救う

同じ「1対5」でも因果構造が違う。上は死が副産物、下は死が道具。実線=因果、点線=予見のみ。

3つのステップで読み解く
1
レバー版では、1人は「巻き添え」
もし1人がそこにいなくても、救出は成立する

行為者の意図は「トロッコを待避線に切り替える」こと。その結果として1人が死ぬのは予見された副作用にすぎない。もし待避線に誰もいなければ、それはよりよい結果でしかなく、5人救助という目的はそのまま達成される。つまり、1人の死は目的のための必要条件ではない。

2
突き落とし版では、1人は「道具」
その人が落ちて死ななければ、5人は助からない

ここでの行為の因果構造はまったく違う。大柄な男の体がトロッコの前に投げ出されて、その重量と質量が列車を止める — つまり彼が死ぬこと自体が救助の必要条件になっている。もし彼が何らかの奇跡で死なずに済んだら、5人は助からない。1人の生命が、他人の命のための手段として使われている。カント倫理学が「人を単なる手段として扱ってはならない」と言うとき、それが禁じたのはまさにこの構造だ。

3
脳科学が見つけた二重システム
fMRIが映した、情動と計算の綱引き

2001年、プリンストンのジョシュア・グリーンらがScience誌に発表したfMRIfMRI (機能的磁気共鳴画像法)functional Magnetic Resonance Imaging の略。脳の血流変化を検出して「どの部位が今活動しているか」を非侵襲的に可視化する技術。被験者がある課題に取り組んでいる最中の脳活動をリアルタイムで撮影できるため、心理学・神経科学の主要なツールとなっている。研究は、この直感の差に脳内の地図を当てた。突き落とし版のような「個人的(personal)」なシナリオでは、内側前頭前野・後帯状皮質・扁桃体など情動回路が強く活動する。一方、レバー版のような「非個人的」シナリオでは背外側前頭前野などの計算・抑制系が前に出る。我々の直感的不許可は、冷静な理屈の結論ではなく、「身体的接触で他人を殺すこと」に対する古い情動的反応の産物である可能性が高い。

歴史

1967年の脚注から、Nature誌に載る世界地図まで

1967
フィリッパ・フット「中絶問題と二重結果原則」
Oxford Review誌。中絶の倫理を議論する補助として、暴走トロッコの例が初めて登場する。フットはまだこれを「問題」とは呼ばない。
補足: フットの原文では暴走しているのは tram(路面電車)であり、運転手が操作するレバーが想定されていた。21世紀以降の図解では「鉱山トロッコ」のシルエットで描かれることが多いが、これは乗客や運転手といった付随的な道徳的考慮を取り除いて、「無人で暴走する車両」という思考実験の核に焦点を絞るための視覚的慣例である。
1976
トムソン、「トロッコ問題」と命名
論文「Killing, Letting Die, and the Trolley Problem」で初めて「trolley problem」の呼称を用いる。歩道橋・移植医などの変奏も提示される。
1985
Yale Law Journal の決定版
トムソン「The Trolley Problem」(Yale Law Journal 94)。以降、英米哲学界の標準的参照点になる。様々な変奏版が後続研究を呼ぶ。
2001
グリーンら、fMRIで情動の差を可視化
Science誌。突き落とし版とレバー版で活性化する脳領域が異なることを示し、道徳哲学に実験神経科学が本格介入する転換点に。
2016
MITMITマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)。米国マサチューセッツ州ケンブリッジにある工学・科学・経済の名門大学。トロッコ問題を自動運転車の倫理に拡張した「Moral Machine」プラットフォームは、2016年にMIT Media Lab の Iyad Rahwan らのチームが公開した。がMoral Machineを公開
自動運転車の判断を模したオンライン投票プラットフォーム。歩行者 vs 搭乗者、若者 vs 高齢者、法遵守 vs 違反、など9軸で匿名投票を集める。
2018
Nature誌が233カ国・4,000万票を分析
Awad他「The Moral Machine experiment」。世界をWestern / Eastern / Southernの3クラスターに分類。文化圏ごとに倫理的優先順位が有意に違うことを実データで示した。
2020
トムソン没、議論は続く
11月、91歳で逝去。生前の彼女は2008年の論文で「レバーを引くことも道徳的に許されないかもしれない」と自説の一部を撤回。議論はAI倫理の領域に引き継がれていく。
Awad et al. 2018 — Nature MIT Moral Machine の文化圏クラスター比較 世界平均からの偏差。+ が強い選好、− が逆の選好。 Western 西欧・北米・オセアニア Eastern 東アジア・中東(日本もここ) Southern 中南米・旧仏植民地圏 弱 — + 強 多数を救う 5人 vs 1人 +0.68 +0.40 +0.55 若者を優先 子ども vs 高齢者 +0.24 −0.32 +0.72 合法遵守者を優先 青信号 vs 赤信号 +0.40 +0.60 +0.20 歩行者を優先 道行く人 vs 搭乗者 +0.20 +0.66 +0.36 社会的地位の高い人を優先 経営者 vs ホームレス +0.16 +0.08 +0.64 概念図 — 効果量の方向性に基づく相対比較。元データは Awad et al.(2018) Nature.

同じ「命を天秤にかける」でも、文化圏ごとに軸の重みが違う。5軸での偏好差。Awad et al.(2018)。

つまり

思考実験は「現場」になった

フットが1967年に紙の上で走らせた小さなトロッコは、2020年代になって物理的な車両として道路を走り始めた。自動運転車の制御プログラムは、衝突を回避できないとき誰を優先するかを実装レベルで選ばなければならない。歩行者か、搭乗者か。子どもか、高齢者か。法を守っていた人か、横断していた人か。哲学者たちが半世紀議論してきた問いが、エンジニアリングの仕様書に載った。

"An intuition pump is a thought experiment...designed to provoke an intuition that demands analysis."

「直観ポンプ — つまり思考実験は、分析を要するような直観を呼び起こすために設計された装置である。」

— Daniel Dennett, Intuition Pumps and Other Tools for Thinking (2013)

MITのデータが示したのは、文化圏によってハンドルの切り方が違うという事実だった。Southern クラスターの国々は女性と若者を守る傾向が強く、Eastern (日本含む) は年長者・法遵守者・歩行者の保護を重んじる。とりわけ日本は、世界233カ国のなかで歩行者保護の選好がもっとも強かった。一方 Western は多数の命を救うことに強く傾くが、歩行者保護では相対的に弱い。これは単なる好みの違いではなく、どの社会で自動運転車を売るかによって、倫理の実装が変わりうるということでもある。設計者は自覚するしないにかかわらず、線を引いている。

作品への登場

The Good Place シーズン2 第6話「The Trolley Problem」(2017)

道徳哲学の教授チディが思考実験を講義する場面から、マイケルがチディを本物のトロッコに乗せた実体シミュレーションに放り込む。哲学の抽象性と実践の生々しさの落差を、ブラックコメディとして鋭利に描いた名作回。2018年のヒューゴ賞(短編ドラマ部門)受賞。

Orange Is the New Black / Unbreakable Kimmy Schmidt

物語の中で登場人物が道徳的ジレンマに直面する際の参照点として、トロッコ問題が繰り返し言及される。英語圏の一般教養化の証左。

トロッコ問題ミーム(2015年以降)

TwitterやRedditで「複数人 vs 1人のスケーター犬」「本線の列車 vs 待避線のラザニア」など、無限のパロディが生まれ続けている。元ネタを知らない人の方が少ないというインターネット文化に到達した。

参考文献
論文1967

The Problem of Abortion and the Doctrine of the Double Effect

Philippa Foot / Oxford Review 5: 5–15

トロッコの原型が登場する論文。主題はあくまで中絶と二重結果原則の検討で、トロッコはその例解のひとつだった。

論文1985

The Trolley Problem

Judith Jarvis Thomson / Yale Law Journal 94: 1395–1415

歩道橋・移植医・ループ線路などの変奏を整備した決定版。以降、英米の道徳哲学における標準参照点となった。

論文2018

The Moral Machine experiment

Edmond Awad, Sohan Dsouza, Richard Kim, Jonathan Schulz, Joseph Henrich, Azim Shariff, Jean-François Bonnefon, Iyad Rahwan / Nature 563: 59–64

233カ国・4,000万票のデータから、道徳的優先順位に文化的クラスターが存在することを実証した大規模研究。本記事の定量データの主要ソース。

論文2001

An fMRI Investigation of Emotional Engagement in Moral Judgment

Joshua D. Greene et al. / Science 293: 2105–2108

個人的・非個人的な道徳的ジレンマで脳の活性化領域が異なることを示した先駆的研究。道徳心理学に実験神経科学が本格介入する契機。

事典継続更新

Philippa Foot (Stanford Encyclopedia of Philosophy)

Stanford Encyclopedia of Philosophy

フット思想の一次資料に最も近い解説。徳倫理学復興への寄与、トロッコ例の位置づけなどを整理した権威的エントリ。

📌 この記事について
一次資料としてFoot (1967)、Thomson (1985)、Awad et al. (2018)の原論文に依拠した。Est.1967の同年の出来事と英国中絶法成立はWeb検索で確認。Moral Machineの3クラスター偏好差のグラフは原論文の国別効果量の方向性を概念図化したもので、数値は概略の相対強度を示す。脳科学パートはGreene et al. (2001, Science)に基づく。「トロッコ問題」命名を1976年のトムソン論文に帰した点は、Stanford Encyclopedia of PhilosophyおよびCambridge Companion to Moral Philosophyに従う。
e. Tamaki
思考実験倫理学道徳心理学AI倫理自動運転philippa footmoral machine
▼ Internal Dialogue >> Active
after.sh — 読後の対話ログ(架空)
// トロッコ問題を読み終えた人との対話
reader@curious:~$ 結局、レバーは引くのが正解なの?
「正解がある問題」じゃないんだ、というのが本文の骨格だった。功利主義的に見れば引くのが合理。義務論的に見れば、引くことすら「人を手段にするな」の禁に触れうる(実はトムソンも晩年そう傾いた)。どちらに傾くかはあなたの倫理観の形を映す鏡で、その形を見るために問いがある。
reader@curious:~$ 自動運転車が実装するなら、結局どうする?
メーカーが選んでいるのは「明示的に選ばない」という線。ほとんどの車は衝突を避ける最短制御だけを実装し、犠牲の選択をアルゴリズムに組み込まない。Moral Machineのような実験は参考にされつつ、「誰を優先するかを車が決める」設計は規制・訴訟リスクが大きすぎるため避けられている。哲学は設計仕様にはならず、回避不能の事故の後の説明責任の場面で顔を出す。
reader@curious:~$ 4問のうち、レバーは引いたけど突き落としは拒んだ。一貫してない?
むしろ典型。世界中のほぼすべての調査で多数派がそうなる。一貫していない、というより2つの道徳的直感を同時に抱えていると言う方が正確で、半世紀の哲学はその矛盾を解消するより、矛盾そのものを記述することに精力を注いできた。自分の中に複数の倫理が同居しているという観察こそが、この思考実験の発見だ。
reader@curious:~$  exit # もしも現実にこんなシチュエーションに立ち会ったら、立ち尽くしてしまいそう
順番に読む