Behavioral × Design
UFOキャッチャーの「掴めそうで落ちる」一瞬。そのとき脳は、本物の勝利と区別がつかないほど明るく燃えている。
Clark・Lawrence らが fMRI で、近接失敗が勝利関連の脳回路を動員することを確認(Neuron 2月12日号)。
同年: オバマ大統領就任、2月7日にオーストラリアでブラックサタデー森林火災(死者173人)、17日に金融危機対応のアメリカ再生・再投資法が成立。
関連: スキナー箱(変動比率強化)、報酬予測誤差(ドーパミンの正体)。この記事は Ch.3「報酬という重力」§3.1 の3本目。
ショッピングモールのゲームコーナーで、手のひらに100円玉が3枚ある。ガラスケースの中のぬいぐるみが、光のなかでこちらを見ている。前の一回は「掴めたのに、持ち上げる途中で滑っただけ」だった。
そういう経験は誰にでもある。パチンコのリーチが外れた後の「もう一回」、ソシャゲのSSR演出が途中で止まった後の「もう一枚」、SNSを閉じた直後にまた開いてしまう指。どれも、失敗したのに勝った気分のまま手が動いてしまう。
私たちは「あと少し」で動く。それは、設計者が先に知っている。
UFOキャッチャーを起点に、「あと少しで外した」結果が、脳のなかでは本物の勝利とほぼ同じ回路を動員していることを見る。そこから、ニアミス・コントロール錯覚・変動比率強化という3つの古典的な部品を組み合わせた「設計された錯覚」の構造を辿り、最後にソシャゲ・SNS・無限スクロールへ接続する。
ゲームセンターのUFOキャッチャーの前に立つと、最初の一回はだいたい外れる。アームがぬいぐるみを挟んで、持ち上げて、半分ほど来たところで指が緩み、ぽとりと落ちる。その瞬間、こちらの反応はふたつに分かれない。「取れなかった」ではなく、ほぼ「取れたのに」のほうに引っ張られる。指先は自分の操作の精度を信じている。もう一回やれば、今度こそ掴める。そう信じて、もう100円を入れる。
この「あと少し」という感覚には名前がある。ニアミス効果ニアミス効果本来は単なるハズレである「ほぼ当たり」の結果が、脳の報酬回路を本物の勝利と同程度に活性化し、次の試行への動機を強める現象。スロットマシンの 7-7-🍒 のように、成功に「近い」ハズレが典型例。(near-miss effect)。スロットマシンの研究から出てきた語で、3つ揃えば当たりのリールが「7-7-🍒」で止まるような、成功に近いハズレを指す。完全なハズレ(🍋-🍒-🔔)は脳にとって「無関係な失敗」だが、ニアミスはそうではない。近いだけ、余計に効く。
3つのパターン。客観的な結果は「勝ち」か「負け」の2通りしかないが、脳の側では3通りに分かれている。
UFOキャッチャーにもまったく同じ構造が仕込まれている。アームがぬいぐるみの角を掴み、半分ほど持ち上げ、そこで滑って落ちる——これは機械のなかで最も高価な1秒だ。完全に空振りした瞬間より、「取れたのに落ちた」瞬間のほうが、プレイヤーを次の100円に向かわせる。設計者はそれを知っている。
「UFOキャッチャーで取れないのは、自分のヒキが弱いか、操作が下手だから」。だから練習すればそのうち上達する。
多くの機種でアームの把持力は投入金額に連動して切り替わるよう設定されている。腕前は確かに効くが、機械の内部パラメータの方がずっと大きく効く。
「ニアミスは偶然の産物。機械の挙動が毎回ランダムなだけ」。
ニアミスは演出として仕込まれることが多い。掴む→持ち上げる→滑らせる、という動作は単独の失敗より脳を強く点火する。その差を、設計者は具体的な設定値で調整している。
「そういう機械は法律で禁止されているはず」。
日本では風営法風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)ゲームセンター等を規制する法律。クレーンゲームは「クレーンの操作」にお金を払う遊戯機と解釈され、景品獲得は副次的とされる。金額連動で把持力を切り替える仕組み自体は直接禁止されていない。の枠内で、金額に応じた把持力変動は直接禁止されていない。ただし、最初から取得が実質不可能な設定は詐欺罪で摘発された例がある。
2009年2月、ケンブリッジ大学のルーク・クラークルーク・クラーク(Luke Clark)神経科学者(英→加)。ケンブリッジ大学時代に近接失敗の fMRI 研究を主導し、現在は University of British Columbia の Centre for Gambling Research を率いる。ギャンブル行動の神経基盤研究における中心人物。らは、健常なボランティアをスロットマシン課題に取り組ませながら fMRIfMRI(functional MRI / 機能的磁気共鳴画像法)脳の血流変化から、どの領域が活動しているかを間接的に推定する非侵襲的な脳画像法。1990年代以降、認知神経科学の主力ツール。 で脳を撮影した。結果は、それまでの行動研究が示唆してきた仮説に正面から答えるものだった。
"Near-misses were experienced as less pleasant than full-misses, but were rated as increasing the desire to play. The contrast comparing near-miss outcomes against full-miss outcomes showed significantly elevated signal change to near-misses in the ventral striatum bilaterally and the right anterior insula, despite the lack of objective monetary gain on those trials."
「ニアミスは完全ハズレよりも不快に感じられたが、『もう一回やりたい』という欲求は強めた。fMRI 上では、ニアミス時の信号変化は両側の腹側線条体と右前部島皮質で有意に上昇していた——客観的には金銭的利得がゼロにもかかわらず。」
— Clark, Lawrence, Astley-Jones & Gray, Neuron 61(3), 481-490, 2009
つまり——「負けた」という主観的な不快感と、「もう一回やりたい」という行動誘発は、同じ脳のなかで別々に処理されている。そして後者は、勝利と同じ腹側線条体腹側線条体(ventral striatum)脳の深部にある報酬期待・動機づけの中核回路。ドーパミン入力を受け、得られるかもしれない報酬に対する「引き寄せ」を作る。で燃えている。
脳の矢状断面(中央で左右に割った内側の面)。Clark et al. 2009 でニアミス時に活性化した3領域の位置を重ねた。
ここまでの話を、実際に手で触って確かめてみてほしい。以下は、ブラウザ上で動くスロットマシンのシミュレーターだ。[SPIN] ボタンを押すと、3 つのリールが回って止まる。3 つ揃えば当たり。それだけ。1 スピン = 1 コイン扱いで、コインを 10 枚ほど入れるつもりで遊んでみてほしい(課金は発生しない)。Clark et al. 2009 が fMRI 実験に使ったのも、まさにこの形式だ。最初のフェーズで10回スピンすると、裏で何が起きていたかが開示される。(このスロットで見せる仕掛けは、UFOキャッチャーにもそのまま移植されている。体験のあとで記事は UFOキャッチャーに戻る。)
※ ブラウザ内シミュレーションです。実際の課金や金銭のやり取りは発生しません。
気づくべきは、自分が操作しているつもりの指先と、機械のなかのパラメータとの力関係だ。SPIN ボタンもクレーンのレバーも、たしかに何かを動かしている——けれど、勝敗を決める入力としては、驚くほど弱い。弱いことに気づかないのは、ニアミスが「もう少しで当たる気配」あるいは「もう少しで上達する気配」を演出してくれるからだ。
いま触ったスロットで起きていたこと ── 「当選確率」が投入コインの閾値で静かに切り替わり、ハズレの一部に「あと1コマ」の赤い振動が足される ── は、UFOキャッチャーのなかでも名前だけ換えて同じように動いている。スロットで「当選確率」と呼んだカーブは、UFOキャッチャーでは「把持力」と呼ばれる。ボタンで回すか、レバーで動かすかの違いはあっても、カーブの上に客を乗せるという設計は同じだ。以降この記事は UFOキャッチャーに戻るが、あなたが指で触った構造はそのまま続いている。
クラークらの実験は、巧妙に設計されていた。参加者は2つのリールからなる簡易スロットに取り組む。左のリールは選べる(「自分で選ぶ」条件)/選べない(「機械が選ぶ」条件)。右のリールは勝手に回り、左と一致すれば勝ち。左と右が同じシンボルで止まれば勝利。左の直前で止まれば、ニアミス。完全にずれればフルミス。この3条件で脳活動が比較された。
興味深いのは、ニアミス時の脳の反応が「自分で選んだ」条件でだけ強かったこと。機械が勝手に選んだリールで同じニアミスが起きても、腹側線条体の反応は控えめだった。つまりニアミスは、「自分が関与した」という感覚が乗ることで初めて、本物の勝利に近い動員を引き起こす。これがコントロール錯覚コントロール錯覚(illusion of control)ランダムに決まる結果に対して、自分の技能や選択が影響していると錯覚する傾向。Ellen Langer が 1975 年の研究で名づけた。と近接失敗効果が手を組む瞬間だ。
模式図。棒の高さは概念的な活性レベルで、論文の実数値そのものではない。
Luke Clark
神経科学者(Cambridge → University of British Columbia)
ギャンブル行動の神経基盤を専門とする心理学者。ケンブリッジ大学時代に近接失敗の fMRI 研究(2009)を主導し、現在は UBC の Centre for Gambling Research を率いる。彼の仕事の特徴は、「なぜ人は負けるのにやめられないのか」という問いを、単なる意志の弱さや道徳の問題ではなく、脳がもともとそう設計されているという方向から解き直すことにある。近接失敗がコントロール錯覚と結びついて初めて強く効くという発見は、その後のゲーム業界・UI設計・公衆衛生の議論に波及した。
コントロール錯覚そのものは、クラークより34年早く、ハーバード大学のエレン・ランガーが1975年に名前を与えている。彼女は一連の実験で、ランダムに決まるはずの結果に対して、人が不相応に「自分の腕が効いている」と信じてしまう条件を特定した。ランガーが挙げた4つの要素は、いまも設計の道具箱に入っている。
同じ宝くじでも、番号を自分で選んだ人は、ランダムに配られた人より、自分が当たると信じやすい。UFOキャッチャーでは「どの角を掴むか」を選ばせること自体が、この錯覚の入口になる。
ランガーの有名な実験: ジャーム(ジョーカー)を使ったカードゲームで、自信なさげな相手と戦うと、客観的勝率は同じでも、人は自分が勝てる賭け金を高く設定した。競争の気配が技能感を水増しする。
馴染みのあるシンボル(数字、果物、キャラクター)で構成された賭け事は、未知の記号で構成されたものより「自分のほうが読める」と感じさせる。ソシャゲのガチャ演出が毎回同じ音とエフェクトなのは、この項目の応用でもある。
ボタンを押す、レバーを倒す、スワイプする——何かを身体で行うと、関与の感覚が生まれ、結果が自分の影響下にあると感じやすくなる。クラークの実験で「自分で選ぶ」条件がニアミスの脳反応を強めたのは、まさにこの項目が刺さっているからだ。
そしてもう一つの部品が、スキナーが半世紀前に発見した変動比率強化変動比率強化(variable-ratio reinforcement)報酬がランダムな回数に一度だけ与えられるスケジュール。固定比率よりも反応率が高く、消去(やめにくさ)にも強い。Ferster & Skinner (1957) が体系化した。だ。ランダムなタイミングで来る報酬が、行動を最も強く維持する——これは1957年の『Schedules of Reinforcement』以来の、最も頑健な行動法則のひとつだ。UFOキャッチャーは、この古い法則(変動比率)に、近接失敗(Reid 1986)とコントロール錯覚(Langer 1975)を重ねて作られている。道具箱の中身はどれも50年以上前から知られていたもので、違うのは組み合わせ方だけだ。
変動比率強化を含む、報酬スケジュールの体系的研究が完成。スキナーは本書以前から「ギャンブル場主はこの法則を昔から知っていた」と書いている。
コントロール錯覚に名前が与えられる。選択・競争・親近性・関与という4つの要素が特定された。
日本のゲームセンターにクレーンゲームの代名詞が登場。1991年までに1万台を出荷し、ぬいぐるみ系クレーンゲーム市場の90%を占めるまでに普及する。
ニアミス効果に正式な名前が与えられる。Reid は、商業的ギャンブル装置が偶然以上の頻度でニアミスを生むよう「仕立てられている」ことを指摘した。
ニアミスが腹側線条体と前部島皮質を本物の勝利と同程度に動員することを、脳画像で確認。23年前の Reid の仮説が神経レベルで裏付けられた瞬間。
7月28日、UXデザイナーの Brignull が darkpatterns.org を登録。UI設計に埋め込まれた欺瞞のカタログ化が始まる。のちに EU Digital Services Act 等の法規制にも反映される。
病的ギャンブラーでは、ニアミス時の線条体反応が健常者よりさらに強いことが追試で示される。個人差を説明する神経指標としての地位が確立。
大阪で、最初から取得不可能な設定にしていたゲームセンター経営者が詐欺で書類送検。一方でルートボックス(ソシャゲのガチャ)やダークパターンへの規制議論が欧米で本格化する。
UFOキャッチャーの前に立つとき、私たちは自分が一人の客として、機械と一対一で向き合っていると思っている。しかし実際には、その場所には設計者の過去の決定がずっと先に置かれている。把持力のカーブ、ニアミスの頻度、ぬいぐるみの配置、ガラスケースの照明。そのすべてが、客が一人で対峙できる相手ではない。
それでも私たちは「自分の腕」を試しているつもりで手を出す。コントロール錯覚は、設計者にとって都合のいいバグではない——それは機能として組み込まれている。客が「自分で選んだ」「自分で動かした」と感じる瞬間だけ、ニアミスは本物の勝利のように脳を点火する。客の指先が震えるのは、客の意志の弱さではなく、設計の成功だ。
"The appearance of 'nearly winning' may be cultivated deliberately by the designers of commercial games of chance."
「『もう少しで勝てた』という外観は、商業的ギャンブル装置の設計者によって、意図的に仕立てられている可能性がある。」
— R. L. Reid, Journal of Gambling Behavior (1986)
そして同じ部品は、ゲームセンターの外にもたくさん置かれている。私たちが日々指を動かしている場所の、ほとんどに。
設計された錯覚の別名たち
ソシャゲのガチャ演出と「確定演出」
SSR 排出前の長い溜め・虹色エフェクト・途中で止まる演出。外れる前の一瞬だけ当たりに近づくニアミスが、設計上意図的に織り込まれている。ルートボックス規制議論の中核論点のひとつ。
プッシュ通知とストリーク(連続日数)
アプリが「連続◯日達成中」を表示するとき、人はそれを失うことを恐れて戻ってくる。変動比率強化にコントロール錯覚(自分の努力が効いている感)を重ねた設計。Duolingo・SNS・歩数計で広く使われる。
無限スクロール(infinite scroll)
次に何が出るかわからない、しかも指を動かせば続きが出てくる。変動比率強化+関与の最も純粋な実装。Facebook が2006年に採用して以降、事実上のWebデフォルトになった。
パチンコ・パチスロのリーチ演出と役物
絵柄の2つが揃って、3つ目だけが「惜しい」位置で止まる——この演出を法律が実質的に前提として認めている。さらに近年の日本の遊技機は、ここに数秒〜十数秒の段階的な予告演出(映像・音・光のエスカレーション)と、液晶から飛び出してくる 3D の役物(やくもの)——可動フィギュア・ギミック・LED 演出——を重ねる。外した瞬間まで「あと少しで当たる気配」を物理的に引き延ばす装置で、Reid 1986 が指摘したニアミス設計の、最も成熟した産業的実装。
Confirmshaming / ニヤリボタン系UI
「いいえ、お得な情報は受け取りません(損します)」という選択肢。Brignull が分類した古典的ダークパターンで、ニアミスとは別系統だが、同じ「設計された認知操作」という屋根の下にいる。
UFOキャッチャーは、ゲームセンターの隅にある古い機械に見える。けれど、その内部で起きている「あと少しで脳を点火する」構造は、いま私たちのスマートフォンのなかで、別の名前を持って日常的に動き続けている。同じ設計の、別の実装として。
Gambling Near-Misses Enhance Motivation to Gamble and Recruit Win-Related Brain Circuitry
本記事の中核となる fMRI 研究。近接失敗時の腹側線条体・前部島皮質の活性化と、その効果が「自分で選ぶ」条件で強まることを示した。
The psychology of the near miss
ニアミス効果に正式な名前を与えた古典。商業的ギャンブル装置が偶然以上のニアミス頻度を「仕立てて」いるという指摘を含む。
コントロール錯覚に名前を与えた研究。選択・競争・親近性・関与という4つの誘発要因を特定した。
Schedules of Reinforcement
変動比率強化を含む、強化スケジュール理論の古典。スキナー箱記事と接続する基礎資料。
Deceptive Patterns(旧 darkpatterns.org)
「ダークパターン」という用語の起点。2010年7月28日の登録。現在は Deceptive Patterns として継続し、各国の法規制の参照資料にもなっている。
アームが弱い、配置がひどい…景品をとれないクレーンゲームは「詐欺」では?
大阪のゲームセンターで、取得が実質不可能な設定により詐欺罪で書類送検された事例を含む解説。風営法の枠組みと境界を扱う。
King of Japan's arcades, Sega's UFO Catcher turns 40
セガ UFO Catcher 40周年の記事。1985年5月の初号機から現在までの歴史と、日本のゲームセンター文化における位置づけをまとめる。